講 演
『御粽司 川端 道喜が見た京の歴史』

川端 知嘉子 氏 御粽司 川端 道喜 16代 代行
川端 知嘉子 氏


御所と町衆の関わり

 今では考えられないことですが、応仁の乱で京都が荒れていた頃、一般人であった初代道喜は、毎朝、御所の天皇がおられる庭先まで朝ごはんをお届けしていました。当時、御所の西側に住んでいた六町衆は、警備、掃除、修繕など色々なお世話をしていたようです。町衆みんなで、自然な感じで、天皇を大事にしてきたのではないかと思います。

声なくして人を呼ぶ

 川端家に伝わる「起請文」には、「声なくして人を呼ぶ」と書かれています。これは、宣伝するなということですが、とにかく乱造しないで品物を大事にしなさいということを伝えているのだと思います。

町衆がつくってきた京都の文化

 大量生産ではなく、お店の人が丁寧に吟味してつくったり売ったりしているのが、京都の良さではないかと思います。

 京都は、長年、都であったおかげで、文化が洗練されてきました。しかし、ここ数年は、経済効果が優先され、大切に積み重ねられてきた価値観が失われつつあるように思います。町衆が五感全てを使って作り上げてきたこの京都の美しい文化を、みんなでしっかりと守っていきたいと思います。

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