日常の特別を求める京都観光

【浅野】 『らくたび文庫』の仕掛け人である、観光企画の株式会社らくたびの山村さんと、同文庫の企画・制作にあたられた株式会社桜風舎の日沖さんに、京都観光がどのように変動してきたかなどについて、お話をおうかがいします。

【日沖】 私は、25年ぐらい前に初めて修学旅行で京都にまいりました。当時の京都観光客の多くは、京都のさまざまなファクターを深く楽しむというよりは、歴史ある神社仏閣をひととおりまわる、いわゆる「修学旅行的」なスタンスが多かったと思います。

 最近は目的が少し変化して、歴史的スポットだけではなく、京都独自の友禅染でつくられた小物を求めたり、朝穫れの加茂なす料理などを楽しむといった、何かしらのこだわりを持って入洛される観光客の増加が目立ちます。さらに、日常生活のなかにあるオンリー京都の魅力を求める方が増えてきたように感じます。若きクリエイターたちが、数百円の西陣織携帯ストラップなどをつくって販売することで、高価な着物や帯では敷居が高かった技術を広く開放したことも、京都観光の間口が広がった要因ではないでしょうか。弊社では、こうした京都観光の変化に敏感に対応しながら、いま、この時代に求められる紙媒体の制作を行っていきたいと思っています。

【山村】 弊社は、2007年3月にコトコトから創刊した『らくたび文庫』の企画に参加させていただいていますが、普段は、旅行企画会社として、京都に来るお客さまを直接ご案内したり、旅行会社に企画を提供するビジネスをしています。

 京都観光は、従来、例えば東京の旅行会社が企画して東京から京都へ観光に来て、東京に帰っていく発地型観光(観光客の出発地点の旅行会社が企画)が中心でしたが、最近では、われわれのような京都在住の会社が企画をして、他地域にお住まいの方に直接京都へ来てもらい京都を案内する、着地型観光(京都で企画)が増えてまいりました。

 当社では今年4月に桜の花見ツアーを企画催行し、混雑する名所をよそに、ほとんど観光客のいない地元の穴場スポットへみなさんをお連れして、参加者の方に、今回見た桜が非常によかったと、たいへん喜んでいただきました。オプショナル・ツアーに特化したかたちの京都観光の成功例かと思います。集客増が見込める有望な企画の一つとして、これからが楽しみです。 

2004年から始まった「京都検定」は、全国からの受験者が毎年1万人を越えるほど好評です。受験者の半数以上が京都在住の方々なのは、地元の方がもっと京都のことを深く知りたいという気持ちのあらわれだと思います。われわれは、観光ガイドと地元への情報発信を両輪に、潜在ニーズをビジネスに結びつけていこうと頑張っています。



ポケットに入る観光ガイド

【浅野】 今年(2007年)3月に創刊し、京都出版業界で話題になり、全国的にも売れ筋本となった『らくたび文庫』の誕生秘話、さらに今後の展望について、お聞かせください。

【日沖】 『らくたび文庫』は、私が代表を兼務しているコトコトという会社が出版しています。観光企画専門の株式会社らくたびさんと、本づくり専門の私ども桜風舎が共同でつくった、京都を深く知るガイド本です。

 北海道出身の私のように、よそから来た人間は、京都のことに深く触れたいという欲求があります。一方、地元の方々は、地域についての高い知識を身に付けたいという意欲をお持ちです。観光的な視点と、地元の知識欲求の両方に狙いを付けて、洛中を旅するという意味のネーミングで『らくたび文庫』をつくりました。

 88ページの文庫本ですから1冊に掲載できる情報は限られていまして、それゆえ、ひとつのテーマを深く突っ込むような本を目指しました。たとえば、京の庭を案内する本でも、「枯山水庭園」だけに絞ったり、そのなかでも、重森三玲さんとか小川治兵衞さんといった特定の作庭家にこだわってみたり・・・と。「狭く、深く」することを心がけました。、そして、持ち歩きに便利なように、ポケットにおさまる文庫サイズというのも最初からの狙いでした。

【山村】 もともと「らくたび」というのは、旅行者に気楽に京都を歩いていただくことをコンセプトに立ち上げたネーミングの観光企画です。最初は知名度がまったくなかったので、まずはホームページをつくりました。また毎週の土、日を使って、京都文化のスペシャリストを講師に和菓子とお茶をお供に話を聞く、500円で3時間の「らくたび講座」を開き、徐々に広めてまいりました。

 そこに、たまたま日沖社長の会社の方が来られて、なかなかこれは面白いじゃないかということでお誘いを受け、当時編集をされていたダイヤモンド社さんから出た「おとなの京都ドリル」へ、執筆というかたちで加えていただいたのが「らくたび」書籍化への第一歩でした。この本の中に「らくたび講座」のことが書いてありましたので、本を見て問い合わせが多く寄せられ、組織として対応するため、らくたびという会社を2006年4月に設立しました。

 そのあと、桜風舎さんの企画された「京都で過ごす一週間」(ダイヤモンド社発行)という滞在型観光のガイドブックの発行にあたり、企画段階から参加させていただくうちに、日沖社長から『らくたび文庫』を一緒につくりたいとおっしゃっていただきました。それが思わぬスピードで実現し、現在らくたび文庫の編集企画を担当させていただいています。



意外な魅力で京都を発掘

【浅野】 『らくたび文庫』創刊時は10冊同時に出版しました。出版業界不況のなかで、一年を待たずに18巻を数えました。シリーズの中では「京の仏像NAVI」は特によく売れていると聞いています。最も京都らしく、古くからあるテーマを掘り起こし、人気を出した御社の着眼点には敬服します。一気に創刊広告攻勢を仕掛け、廉価本で、若い層をターゲットにしたことが売り上げに貢献していると思いますが、読者からの反響はいかがですか。

【日沖】 創刊時の広告戦略として、ちんどん屋さんを起用して注目を集めたり、コンビニや本屋さんなど、どこへ行っても『らくたび文庫』が目に留まる状態をつくりました。出版予定の100シリーズに充てるつもりの広告費を、一気にどかんと創刊時に使ったので、いま資金繰りがたいへんです(笑)。

 「京の仏像NAVI」以外にも、「京の庭NAVI枯山水庭園編」と「京都・社寺参拝入門」の二つも、最初の一週間で一気に売り上げを伸ばしました。「京の抹茶もん」も、けっこう手堅く売れています。「嵐電ぶらり各駅めぐり」などは、京都に路面電車が走っていることが意外に知られていないので、鉄道ファンを中心に売れているようです。ワンコインというリーズナブルな価格も、若者たちを中心に人気が出た一因でしょう。

 山村さんの会社が、この本と連動したかたちで『らくたび文庫』でウォーキングというイベントを催行されています。本のガイドに沿ったかたちで観光しようというものですが、関東のお客さまに大人気です。こういった連携企画を大事に育てながら、京都の観光を盛り上げていきたいと思っています。

 先ほど私は、京都観光のモチベーションが変化したと申しあげたのですが、とは言え、『らくたび文庫』で売れているのが庭とか、社寺参拝、仏像という昔からの京都のコアな観光コンテンツというところが、不思議ではなく、やっぱりそうなんだと再認識しました。

【山村】 人気の高いのは「庭NAVI」シリーズです。当初10冊創刊ということでテーマを決めたときにも、全部がまんべんなく売れるとは思ってはいませんでした。しかし、一つのことを深く掘り下げたガイド本を提供するにあたり、ある程度の幅を持たせる意味で10冊同時創刊には大きな意味がありました。

 私は、学生時代に、修学旅行生や一般のお客さまへの観光ガイドのアルバイトをしていました。ほんとうは自分がガイドをしたいのだけれども、それができないので、その思いを本にしたのが、この『らくたび文庫』です。これがあれば、私がガイドをしなくても、最低限のことは見てもらえるだろうという意識でつくっています。

 「仏像NAVI」の例を出しますと、世界遺産の平等院と違って、平等寺というお寺が、四条烏丸から徒歩5分ぐらいのところにあります。ほとんど観光客の方は知りません。「因幡薬師」という別名がついていて、平安京以前からずっとそこにあったと言われています。この平等寺さんは、ほかの寺と違って、戦(いくさ)の激しかった京都にあって場所が一回も変わらなかった、珍しいところです。

 そのお寺のなかにある仏さまは、頭に防災ずきんをかぶっています。火災が起こったときに真っ先に大事な本尊を運び出さなくてはいけないので、お厨子の後ろには「こま」までついています。本尊をぽんと倒して、そのまま引っ張って避難するそうです。

 このような歴史的エピソードの多い社寺が、私たちの住むすぐ近くにはたくさんあるのですが、なかなか紹介されていないのが現状です。これからも、われわれは、魅力ある場所を数多く紹介して、観光客の方々に京都の深さを知っていただけるように、日々努力を続けます。

トピックス