講演:「旅の専門家から見た京都」 | ||
高 橋 | JTBが2004年度の宿泊データを発表してるんですが,これを見ますと京都市内にお泊りいただいた方が,122万人泊なんです。平均の宿泊単価が1万1千円だそうです。これだけで130億ぐらいの売上が出るんです。もし,日本に京都がなかったらというよりも,もしJTBに京都がなかったら,そんな感じなんです。この122万人泊というのはどういうような数字なのかというのをちょっと御紹介申し上げますと,JTBのお客さんとしてはこの122万人のうち関東からお越しいただいている方が57%。で,関東に近い箱根辺りですと例えば40万人泊。日光・鬼怒川地区で35万人。今一番温泉の中で人気があるところの一つと言われている草津でも16万人泊。これに比べてみると京都の122万人泊とのが非常に大きな数字であることが分かります。大阪は85万人泊でUSJ周辺のホテルだけだと23万人泊だそうです。舞浜,東京ディズニーランドのある辺りですと75万人泊だそうです。東京ディズニーランドに比べてもこの京都の122万人泊というのが旅行会社にとって非常に重要な地位を占めている。そういう数字だと思います。 京都はなぜ売れるのかということを考えてみたんですが,皆さん,旅行に行く時の目的ってどんな目的で行かれますか?例えば心身のリフレッシュがあります。温泉にのんびり浸かって体を休めようと。それから美しいまちなみを,美しい景観を見てほっとしたいというようなこともあるかもしれない。それから家族とのふれあいだとか,友人との付き合いのために行こうというのがあります。これは旅行に行くと共通の時間が持てますよね。共通の時間が持てると話題が増えていきます。家族の間でもしゃべることがないんですよ。そういう時に旅行に行くと確かにしばらく話題がもちますね。あの時はこうだった,あの時の食事がどうだったというようなことがありまして,共通の時間が持てるということを旅行の目的にされてる方もいらっしゃいます。それから好奇心とか向上心を満足させたいということで行かれるんじゃないですか。で,皆さん大抵,この3つに集約されちゃうんです。おいしいもの食べたいとか,友達と行くということはもしかしたらしゃべるためのきっかけを作ろうということなのかもしれません。それからのんびりしたい。上げ膳据え膳でリフレッシュのために行くのかもしれません。京都は,この3つの目的に全て適う場所なんです。好奇心。向上心の満足なんていうのは京都の場合,歴史とか文化とかがしっかりあるわけですから,こういう意味じゃ全く問題ない。美しいまちなみを,または東山の美しい自然景観を見るということで心身リフレッシュされるということもあるでしょう。また,御家族でお越しになられて,色んなところを訪ね歩いて共通の時間を持つ,こういうことを考えても京都というのは旅行商品としてそういうメリット,旅行の目的に非常に適う場所なんです。こんなこともあって旅行会社は京都を商品化しやすいということなんです。特に私は東京に行って分かりましたけれども,東京の方々の京都に対する憧れはすごく深いものがあります。京都というのは日本の文化の礎なんだ。また,おだやかな時間の流れているところなんだ,そういうことを東京の方々はおっしゃいます。東京の方々にとって京都というのは大きなあこがれの場所なんです。ですから日本全国各地から京都にお越しになります。 この旅行会社にとっての京都というのは国内の旅行会社に限りません。海外の旅行会社も京都あってこそ日本の旅行が増えるとおっしゃっています。昨年,映画で,オリエンタルチックなものがはやりました。「さゆり」ですよね。原作はアーサー・ゴールデンという方ですが,イギリスで原作が180万部も売れた。またこの「さゆり」という映画がヒットしたおかげでフォックス&キングスというイギリスの旅行代理店は訪日旅行が大変好調だったというように言われています。この「さゆり」という映画だけで,日本,それからまた日本の中でも京都に行きたいんだなと思います。この映画があったおかげでデイリー・フォトグラフというイギリスの高級紙で91万部ぐらい出してる新聞があるんですが,これが今年の1月に3ページにわたっての京都特集をやってくれた。こういうのを見ると映画とかマスメディアと連動して紹介されていくのは非常に価値が高いなあと思います。京都のほうも,「ロケーションサービス協議会」というフィルムコミッションがあって,映画とかテレビとか誘致できるようにとがんばってらっしゃるようです。この京都は日本の旅行代理店にとっても海外の旅行代理店にとっても非常に価値の高いところだ,そういう位置づけであります。 旅行会社を通じて,または別に旅行会社を通じなくても,数多くの方が京都にお越しになられていますが,皆さん観光客に対してどんな思いを持っておられますか?「ゴミ残していくよな」とか,「喧騒と交通渋滞だけ残していってくれる」とかいうような思いというのは当然おありだろうと思います。旅行会社も先ほど御紹介しましたように,こういうようないろんな体験型のパンフレットを作るということで,ほんまもんの京都を体験しようということをやってますが,ここにあげてあるのはほんまもんじゃないよ,と思う方がたくさんあるかもしれません。ただ,できれば皆さん方には,どうか暖かい目で見ていただければありがたいな,というように御提案申し上げたいと思うんですね。作曲家でピエール・ブーレーズという方がいらっしゃるんですが,この方が文化の受け手側の成熟度についてお話をされてます。受け手側の成熟度。いわゆる芸術を提供するのではなく,それを聴く側,見る側。まず一番最初はある芸術家の作品に触れる。その時に初めての感動を受けるという段階があるというんです。これがまず一番最初だろうと思います。それから2番目は,最初の感動があった後,その芸術家の作品の情報を熱狂的に収集する段階があるだろう,というんです。それから3番目は,知れば知るほど深まる芸術に対する畏怖の念みたいなものが出てくるんですね。で,旅行会社が提供するような体験型のプログラムというのはどういうような段階のものを本来提供すべきなのか,ということを考えてみます。ほんまものというのはもしかしたら最初の感動を与えるぐらいじゃだめなのかもしれません。でも例えば皆さん方が高千穂に行かれる旅行があったとして,御神楽を見学するという場面があった時に,一晩お付き合いできますか?苦しいと思うんです。ほんまもんというのはアレンジされていませんし,演出されていませんので,宗教行事的なものなんか特にそうなんだと思いますが,それをずっとお付き合いするということはかなり大変な作業だと思います。今年私も機会があってお水取りに行かせていただいたんですが,二月堂に入らさせていただいて,韃靼の行を拝見させていただく機会があったんです。五体投地の行がありまして,一緒に行った方がそれが始まるまで1時間あるけどじっとここで待ってるというんですね。もう,寒くて寒くて連れて行っていただいた方に遠慮がありまして最後までいましたんですけれども,大変だなと思いました。で,例えば御神楽も,一晩ずっとお付き合いする,これも大変な話でしょう。ということは,観光客としてその土地その土地に行ったときというのは,先ほどのピエール・ブーレーズが言った最初の段階の初めての感動を味わえるようにしつらえてあるものなんだ,と理解してあげていただけないかな,と思います。それから,観光客がその場面を本物と感じるか演出と感じるかというところで分けて考えると,実際の場面も本物で皆さん方もそれを本物だと感じればそれが一番いいわけですね。間違いない本物です。だけど本物であっても観光客の側から見て「これ何かの演出が加わってるんじゃないか」という感じになると,これはすごく不幸な話です。場面も演出で,見る側も演出だと分かっている。例えば東京ディズニーランドなんかのテーマパークもそうですよね。あれは演出されたものだと分かっているし,言ってみれば人為的な観光空間みたいなものがあります。そうではなくて,実際は演出なんだけど観光客の方に「あ,これはほんまもんだな」と思っていただける。演出されたほんまもの。こういうようなものが観光客には必要なんだということなんです。例えば皆さんバリ島に行かれたことありますか?バリ島にケチャダンスがあるんですけれども,あれは1930年代まではトランスをするための宗教儀式だったんです。ですから観光客の目に触れるということはありませんでした。それが1930年代にドイツ人の画家の方が「ラーマーヤナ」の物語を取り入れて再構成したらどうだという示唆をされたそうです。それが今のケチャダンスを生んだ。それは逆に現在となってしまえば,1930年代に考案されたものが宗教儀式にも使われるようになってきていまして,逆に新しい文化を作り上げることにもなってきました。言ってみれば観光が新しい文化を創造しているというように,前向きに捉えればなります。否定的に捉えれば,これは文化の破壊をしているんだということにもなるかもしれない。でも,町は人に見られてこそ美しくなるというのか,たくさんの目にさらされて美しくなっていく,変わっていくということがあると思います。観光客という存在を前向きに捉えていただけると,この観光で創造された文化もある意味認めていいかなと。また皆さん方御自身が逆の立場に立った時に,全てほんまもんじゃないといけないというのじゃなく,演出されたもので見やすいように最初の感動を味わう。またその感動が熱狂的で自分がその次のステップに行きたいなと思った時には,またその次の段階を自分が構築していけばいいんじゃないかというように思っていただければと思うんですね。 | |
<つづく> |